技術者倫理の基礎知識 12 〜倫理的判断を求められる問題を解決する手法〜
前回まで技術者倫理に関連する法制度について、具体的な2つの法律を解説してきました。
今回からは、実務において若き技術者が遭遇するであろう倫理問題にどう立ち向かっていくか
解決手法と具体例に分けて学んでいきましょう。
倫理的判断を求められる問題を解決する手法
技術系大学を卒業した技術者の卵はは、社会に出てさらにスキルを学び、
成長しながら技術者として実績を積み、公衆の幸せの実現を目指す仕事をするようになります。
技術者として能力を発揮する仕事において、時にして倫理的判断を求められる場面に遭遇するようになります。
その時に、どう解決するか?考えていきましょう。
倫理的判断を求められる問題は過去にいくらでもありました。
それらに対して、先人が経験した結果を整理し、取りまとめて定形化した解決法がいくつかあります。
そのなかで最も典型的な二つの手法について解説します
二者択一的な問題を解決する方法(二分法)
「善か悪か」「白か黒か」「大か小か」という二者択一で判断できる問題の解決手法を
二分法または二分観と称しています。
この二分法は倫理的判断を求められる問題の中で、
法律的に深く関係する問題を解決する場合に有効な手法となります。
例えば、「急いでいる状況で、赤信号の道路を渡るかどうか?」、
「赤信号は止まれ」と法律で決まっているので、急いでいても渡らないが正解です。
では、次の場合はどうでしょう。
スマホの電池が切れそうで困っています。
目の前にコンセントがある。さあどうするか?
そこの場所がどこかで色々な判断になります。
①自宅、②商店、③ホテル、④レストラン、⑤学校、どこでなら充電していいか?
自宅以外での充電については、有料・無料の充電可能スポット(携帯電話販売店、フリースポットなど)でなければ、
誰もみていないからといって、無断でコンセントを使えば、他人から電気を盗むことになる。
このように、ただちに「善か悪か」の判断できにくい問題が、つぎの「線引き問題」なのです。
線引き問題を解決する手法(事例に基づくアプローチ)
前回の「法と倫理」のところで話したように、
「正しい行為」と「不正な行為」が明確に二分される場合は、二分法で解決することが可能です。
法制化されていない倫理問題の場合、
善悪の判断基準は、両端の白(善)から黒(悪)の間の灰色部分にあります。
右端には明らかに正しい行為(白)があり、左端には明らかに不正な行為(悪)があります。
この両端に近いところの行為なら判断に悩むことはありません。
しかし、問題となる行為が中間にあって、正しいのか、不正なのか判断に確信が持てない場合が多くあります。
こういったとき、確信を持って判断する解決法が「事例に基づくアプローチ」で、
古くから哲学の領域で知られている手法です。
具体的な例で考えてみましょう。
「盗みをはたらいてはいけない」という規範があります。
あなたなら次の事例のどこに善悪の判断基準を持ちますか?
① 鍵を破ってお店に入り、100万円の商品を持ち去る。
② 鍵のかかっていない自転車を持ち去る。
③ 元の会社で開発した技術を、転職先で使用する。
④ 友人から借りた本を返さない。
⑤ インクの切れそうなボールペンを借りたまま返さない。
白黒の度合いによってグラデーションをつけて並べると、
明らかに悪い①から、問題になりそうにない⑤まで、①→③→②→④→⑤の順になります。
このように関連する事例をあげて「悪い」から「良い」に並べて、
自分なら「良い悪い」の判断基準をどの事例の間に置く(線を引く)か、
これが線引き問題の解決方法です。
判断に迷う問題に遭遇した時、判断基準とした模範事例と比較して、
どの位置にあるかによって判断すれば迷うことはありません。
私たちは白黒、強弱、大小など二分法に親しんで育っています。
「白」と「黒」の間には「灰色」の段階があるはずなのに
「白か黒か」という問題提起をしたり、
「白でなければ黒」という二者択一の判断をしがちです。
事実に即して灰色の確認を観察する習慣を身につけなければ、
白か黒かハッキリしない問題に直面すると、どのようにして解決してよいのか分らなくなります。
倫理問題の判断では、特に重要な手法になります。
以前に解説したように「技術者倫理」と「企業倫理」のジレンマは相反問題とも呼ばれ、
その解決にはこの「事例に基づくアプローチ」が有効です。
ジレンマとは利害が相反すること、
すなわち、利害が同時に成立しない二律背反のトレードオフの関係で、
どちらにウエイトを置くか、どちらに優先順位をつけるかという葛藤問題です。
この解決方法は多数の選択肢を列挙した上、線引き問題として比較判断が適しています。