技術者倫理の基礎知識 13 〜技術者倫理に沿った行動を取るためにはどうするか?実践編1〜

前回は倫理問題を解決する方法を解説しました。

今回は具体的な事例をもとに、倫理問題に対して技術者はどう行動すべきか?考えていきます。

建設技術者として技術者倫理を踏み外すとどうなるか?事例で確認しましょう。

土木技術者倫理規定を元に考えてみる

土木の技術者の倫理問題を、土木学会の倫理規定である「土木技術者倫理規定」を基に考えてみましょう。

まず、「土木技術者の倫理規定」を解説します。

制定の背景を記した「前文」と土木技術者の使命を15つの「基本認識」からなります。

要約すると次の6項目にまとめることができます。

1 使命と役割

美しい国土、安全・安心な生活、豊かな社会を作ることで社会に貢献する、依頼主の誠実な代理人・受託者として行動する。 

2 自律性

自己の信念と良心に従って行動する。

3 誠実性・公平性

4 継続教育・人材育成

5 説明責任・情報開示

6 法令遵守・率先模範

これらの基本認識をもとに、具体的事例から倫理問題への対処方法を考えてみます。

実例 マンション工事現場にて

数年前に事件となった、横浜の某マンション傾斜問題を事例に倫理問題の解決について考えてみます。

次の4つのステップを踏みながら解決を導きます。

            ステップ1 問題の認識

            ステップ2 事実関係の整理

            ステップ3 倫理問題の特定

            ステップ4 具体的行為の選択

事件の概要と発覚までの経過

倫理問題の概要

事件はあるマンションの杭打ち工事において発生した。

このマンション、設計図では、

地盤面から15mから20mにある支持地盤まで杭を届かせる設計となっていた。

杭施工会社の技術担当者Aが実際に杭を打ち始めると

予想より深い位置に支持層があり、設計杭長では支持杭として十分な支持力を期待できないと思った。

Aはそのことを元請けの現場代理人Bに伝えたが、

「設計図通りに工事を継続するように」と指示された。

杭施工会社のAは、Bの予期せぬ返答に、

「本当にいいのだろうか」と疑問に思ったが、

「近隣の隣接地盤でも同じ地層データで設計していること、

そして杭を継ぎ足すには相応の時間が必要で、

その間工事が止まっては全体工程に大きく影響するからだろう」

とその理由を推測した。

技術担当者Aはこのまま設計図通りに工事を進めるべきかどうか悩んでいる。

ステップ1 問題の認識

まずは、何が起きているか?具体的に起きている問題を認識します。

杭打ち機の電流データを見ると、支持層に杭が届いていないと考えられる。

現場に納品済みの杭をそのまま使っては、杭が支持層まで到達しない。

Aはこのまま施工を進めてはマンションに構造安全上の問題があることを確信した。

このまま監督員の指示に従って施工を続けて良いか?

杭施工の技術者として倫理問題に直面した。

ステップ2 事実関係の整理

①設計図

事前調査において数点のボーリングデータをもとに地盤の傾斜を推定し地盤から15mから20m下に支持層がある設計になっている。

②現場状況

実際に杭を打ってみたところ

杭打ち機の抵抗電流の数値から

支持層は設計図より深いところにあることが判明。

③施工技術担当者Aはこう考えた

設計図通りの施工では、杭基礎として十分な支持力を発揮できない。

そこで、Aは現場代理人Bに「このまま工事を続けると安全性に問題がある。」と話した。

④現場代理人Bはこう考えた

隣接する既設マンションの支持層の深さを設計図で確認したところ、

このマンションの設計図と同等であり、現に支障なく供用されている。

工程に余裕はなく、ここで中断して調査すれば、工程遅延により大きな損失がでる。

工期を優先して、設計図通りに工事を継続するようAに指示した。

ステップ3 倫理問題の特定

施工技術担当者は土木技術者としての倫理規定と会社の組織人としての忖度のジレンマに陥ります。

どの点が倫理規定に抵触するか考える。

判断の基準は人によって違うので、あなたが技術担当者としたらどう判断するか考えてください。

関連する倫理規定は3つあります。

「使命・役割」「自律性」「説明責任・情報公開」の問題が考えられます。

どう考えるか?事例で説明します。

・公にすると自分の会社・元請・設計者にも大きな影響が生ずる。(情報公開・自律性)

・設計図の支持地盤の設定と実際の支持地盤の食い違いの情報をどこまで開示すべきか?  (情報公開)

・多少記録を改竄しても、すぐには問題にならないだろう。(使命・役割)

ステップ4 具体的行為の選択

この倫理問題を前回学んだ「線引き問題を解決する手法(事例に基づくアプローチ)」で考察してみましょう。

まず、どういう具体的行為が考えられるか?複数あげてみましょう。そして善悪の序列をつけましょう。

例えば次のように、

① 会社や現場代理人Bの考えを忖度し、その場しのぎでデーターを改竄する。

② 直属kの上司に今起こっている事実を告げて、どうすべきか上司の判断に任せる。

③ 良心に沿ってありのままのデーターを使って事実関係の報告を作成し他者に知らせる準備をする。

④ 信頼できる上司に相談し、その上司から会社の経営者に不正を訴える。

⑤ 公衆の安全を優先して、外部のマスコミに匿名で告発する。

そして、自身の技術者倫理観に基づき、善悪の境に線を引く。

善の行動の中からやるべき行動を決定する。

おおやなぎ経営研究所の最新情報をお届けします