技術者倫理の基礎知識 10 〜公益通報者保護法について学ぶ ①〜

今回と次回は、技術者倫理から法制化に至ったもう一つの法律である

公益通報者保護層について解説します。

公益通報者保護法のあらましは「技術者倫理の基礎知識 8」で解説した通りです。

その概要は下図のようになります。

日本の内部通報とアメリカの警告ならし

こういう法律なぜ法制化されるようになったか考えてみましょう。

近年、技術者が関係したと考えられる企業の不祥事が続発していることは周知のとおりです。

これらの多くは、「内部告発」により、事件の実態が世間の目に触れるようになりました。

「内部告発」とは、内部事情を知っているものが、組織内部の不正を知り、

公益に違反すると思った場合、内部告発を行い不正を暴く。

この時、告発者は組織から不利を被る危険性があります。

公益通報者保護法は、これを法的に保護しようという法律です。

アメリカでは「警報鳴らし」と呼ばれています。

「警笛鳴らし」は「Whistle blowing」の邦訳で、

米国の警官が犯罪を知らせるために笛(whistle)を吹く(blowing)ことに由来しています。

アメリカでも、企業などの組織において、

個人または一部の人々が不正行為を行い、それが不祥事へとつながる可能性があります。

その不祥事を事前に防止するため、上司や組織幹部に、または専門窓口に、時には監督官庁などへ

「内部告発」する行為を、米国では「警笛鳴らし」と称し、

「内部告発」をする人物を「警笛を鳴らす人(whistle blower)」と呼んでいるそうです。

お国柄の違いか、日本では組織内の恥部を外部に開示することを

「密告」に相当する行為として嫌う風習が強く、

組織内の不祥事を開示する「内部告発」はネガティブ(裏切り者的)な印象で使われます。

しかし、日本でも近年は企業におけるグローバル化が進み、

公益に期する「内部告発」が行われて、組織の不祥事が明るみに出るケースが増えてきました。

それに対する社会の反応にも変化が起き、

公益通報を発端に、組織の倫理が問われる事態となり、

特に、企業の場合は消費者の不買運動が起こり、

社会から間接的な制裁を受けるといった現象も見受けられるようになりました。

企業側の意識変化

このような背景から、企業は不祥事を世間の目にさらす前に、

不祥事につながる小さな芽を摘み取る対応が求められるようになってきました。

社会の変化に敏感な企業では、不祥事防止を目的に不正行為の把握と防止のために、

「内部告発」用窓口を設けるようになりました。

それは単に不祥事を隠すこと「隠蔽」が、

将来の業績悪化に直結することに気づき始めたからです。

また、不祥事を起こした場合、

企業の代表として社長などのトップがメディアを通じて、

世間の人々に陳謝する場面が多くなっています。

企業側の意識も変わり、従業員に対して、どんなに小さな不正行為でも、

匿名で内部告発窓口宛にメールなどで情報を提供してほしいと依頼するように変わってきています。

経営者の意識変化に対応するためには

従業員に対する意識づけや教育も重要になります。

社是や行動規範に明記し、専門家による教育も効果的ですが、

企業に入る前の大学教育の段階で教育することが効果的です。

そのため、技術系大学においては、

JABEE(Japan Accreditation Board for Engineering Education:日本技術者教育認定機構)の

認定プログラムによる「技術者倫理」教育が進んでいます。

これを受けることにより、世界に通用する教育を受けた技術者として認定されます。

内部告発の種類

日本では、「内部告発」と呼ばれるのは、

マスメディアや監督官庁など外部へ匿名または匿名条件で通報することを指します。

「内部告発」の通報には、通報者の身元の公開レベルによって以下の3種類に分けられます。

① 名前を公表、したがって、身元が雇用者に知られる(記名)

② 匿名を条件に通報し、通報者は身元を公表しない(匿名)

③ 匿名の投書・電話・メールなどで通報し、通報先にも身元が知られない(無名)

3種類の内部告発は、いずれも通報の効果は同じで、

通報先の判断によって不正が公表されたり、また不正行為が是正されたりします。

それならば、組織から制裁されるリスクがある中、記名で通報する①は必ずしも賢明な策ではありません。

また②と③による通報なら、組織内の人間関係を大きく損なうことはなくなります。

内部告発における通報者のジレンマ

企業の「内部告発」の通報には、通報する立場と通報の影響を受ける企業の立場があります。

したがって、内部告発における通報者側の対策と企業側の対策は自然と異なります。

通報者は、企業組織の一員です。

企業内の不正や、その兆候が生じた時、それを知った人は、

まずは通報するかどうか、そして、どこに、どのように通報するかを考えます。

通報者と企業の経営者は、この段階では同じ組織のいわば同胞です。

最初は組織内の問題として解決するのが「内部告発」の通報問題の基本です。

一方、技術者倫理を身につけた技術者はこう考えます。

自身が関わる業務において不正や不祥事または、その兆候が見つかったら、

技術者倫理に則った対策を検討する必要があります。

その時、公衆に対する責任が最優先されますが、

自身の雇用者に対する責任も尊重しなければならぬことです。

そこで、経験の浅い技術者が企業内の不正に係った場合どうすべきか?

次の7項の選択肢があることを念頭に置いて、「内部告発」の通報を決断すべきです。

内部告発の当事者になったときの7つの選択肢

① 上司に自身にできる最も気の利いた方法で婉曲に指摘する。

② 組織内で仕事上良好な関係にある他人に話し、上司に説明してもらう。

③ 上司にその仕事を継続できないこと、そして転職を考えざるを得ないことを話す。

④ 他に職を探し、それが確保できてから所属する技術者団体または、その仕事を停止する権限のある者に情報を伝える。

⑤ ただちに、新聞社などの報道機関、または所属する技術者団体に伝え警笛を鳴らす。

⑥ 他の職を探し、雇用者の行動について情報は漏らさず、その仕事が別の技術者によって継続されるようにする。

⑦ 抗議をしないで、現状を続ける。

①②③④は組織内への通報

⑤は外部への通報

⑥⑦は現実逃避

といった性格になります。

技術者倫理に則りながら、しかも自身の組織ににおける保身も考えなければなりません。

組織内における発言力のない若年技術者としては

どう考えたらいいのでしょうか?

現実逃避の⑥⑦は技術者としての責任回避と言われます。

次の条件が揃えば、外部への通報を決断してほしいところです。

条件1 公衆に深刻な害を及ぼすと予想される内容である

条件2 すでに自身の上司に相談した

条件3 その上で、企業内でやることを全部対応した

ただし、「内部告発」が社会に正当として認めてもらうためには、

予想される被害や自身の状況認識が、他人を納得させるだけの証拠となり得る必要があります。

その上で「内部告発」という行為に見合うだけの成功の可能性があることも前提になります。

思い込みや証拠不足ということもあります。その点は十分に吟味する必要があります。

内部告発と技術者倫理

「内部告発」は技術者として企業に対する秘密義務を守るという企業倫理と

専門技術の義務を遂行する上で公衆の安全と健康・福利を最優先するという公益重視の技術者倫理の

葛藤問題にかかわります。

一方では雇用主から解雇される可能性があり、

もう一方では技術者としての義務を果たす必要があるという

葛藤の結果が「内部告発」になるのです。

企業側の対策としては「内部告発」が外部に通報される前に

企業内で済ますことができて、その結果、企業内の問題が解決され、

不祥事とならないような工夫が模索されています。

それが、コンプライアンス・カウンターやヘルプ・ラインなどの「内部告発」の窓口システムです。

関係のない公衆に重大な危害が及ぶリスクの高い状況で、

上司や経営者に話をして、それでも聞き入れてもらえない場合に、

最後の手段として「内部告発」をすることになります。

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